第4回: 無策は問題! 長時間夜勤の安全性リスク

POINT
●夜勤は酒気帯び運転より危険
●みかけ上の慣れで安全は確保できない
●勤務後の安全性を確保する視点は?
●夜勤帯にはエラー・ニアミスチェックの気づき頻度は下がる

一般に向けて夜勤の安全性のリスクをわからせる

リスクへの理解が安全性の確保に

 前回,夜勤の健康性のリスクや安全性のリスクは,実感としてわかりづらいことを紹介しました。実際に夜勤している看護師でもそうなんですから,いわんや一般人をやです。統計によると先進諸国では全労働者の約20%が夜勤をやっているそうです。最近では,株式のトレーダーやコールセンターのオペレーターも夜勤職場で働いていますから,もう少し割合は増える気がします。とはいえ労働者の大半は常日勤者なので,彼らは夜勤の安全性のリスクがどのくらい大きいかを知るよしもありません。

 しかし夜勤をやっていない一般人にも夜勤の安全性のリスクの大きさを理解してもらわないと夜勤の安全性の確保はままならないというのが筆者の立場です。

 なぜなら,一般人のなかには,看護技術の提供を受ける患者やその家族が含まれており,彼らが看護師の夜勤の安全性のリスクを理解しないと看護師の負担はますます高くなり,それによって安全性がますます低下してしまうからです。

夜勤中に居眠り状態?

 では,欧米諸国ではどうなのでしょう。わが国と違ってお国柄のせいでしょうが,諸外国では雇用の際に契約がことさら強調されます。したがってこれまでは,それが夜勤であってもきちんと守られ,まさか安全性が損なわれているなどとは考えもしなかったのです。

 ところが,いざ,夜勤中の脳波を調べてみると,何と夜勤者が爆睡していた事実が明らかになったのです(→ボックス参照)。このショッキングな事実は,欧米の研究者たちに夜勤中の安全性を真剣に考えさせるきっかけとなりました。1986年のことです1。しかしそれは研究者の間だけの関心に終わってしまい,一般の人が知ることはありませんでした。

ボックス 夜勤者の夜勤中と昼間睡眠の睡眠経過図

  図はスウェーデンのオッケルシュタッド教授らが夜勤者1名の夜勤中とその後の昼間睡眠の脳波を調べて睡眠経過図として示したものです。

  睡眠経過図とは,図の縦軸に睡眠深度,横軸には時刻を記して,時間の経過にしたがって睡眠の程度がわかるようにしたものです。

  具体的には,図のように睡眠が浅い方から順に覚醒(W),睡眠段階1(1),睡眠段階2(2),睡眠段階3(3),睡眠段階4(4)が記され,それに夢を見たり心拍数や血圧が増加するレム睡眠(R)が記されます。第3回で,疲労の回復に一番必要なのは徐波睡眠ということをお示ししましたが,徐波睡眠とは,睡眠段階3と睡眠段階4を足したものです。

  さて,図の“夜勤中”のところを見てください。驚くべきことに,睡眠深度のなかでも深い睡眠の睡眠段階3が2回も出ているではありませんか! このショッキングな事実は,欧米の研究者たちに夜勤中の安全性を真剣に考えさせるきっかけとなりました。

ボックス Åkerstedtら2,1989を改変

わかりやすい行動的指標を用いて夜勤の安全性を調査

 この事件から10年ほど経過して,オーストラリアのドーソン教授らは,安全性のリスクが誰にでもわかるようにとアルコール中毒法(alcohol intoxication)という画期的な方法を実験に取り入れました3。これは「夜間にトラッキング作業というパフォーマンステストをする群」と,「日中にアルコール類を飲ませて同じパフォーマンステストをする群」を比較して,夜勤中のパフォーマンステストの成績の低下がアルコール類を飲んだときの状態とどのくらい同じかを調べたものです。アルコール類はほとんどの人が飲みますから,一般人でもアルコール類を飲んだ時の酩酊状態のイメージはつきやすいというわけです。

 この実験に使ったトラッキング作業は追従作業とも呼ばれ,軌道上でゆっくりと動く赤い点を軌道から外れないよう追っていく,非常に単調で眠たい作業です。

 ところで覚醒中の安全性を調べる心身指標としては,生理的,心理的,行動的指標の3種類が知られています。生理的な指標とは,前述した脳波が代表格です。脳波は大きくベータ波(14Hz~),アルファ波(8~13Hz),シータ波(4~7Hz),デルタ波(~3Hz)と4区分されており,脳波上にベータ波が多ければはっきりと目覚めていることを示します。心理的な指標とは眠け感のような主観的なもので,たいていは簡単なアンケートを用いて調べます。トラッキング作業のようなパフォーマンステストは,行動的な指標です。

 この指標の違いの意味は,安全性(=危険性)の水準の違いと考えることができます。たとえば行動的な指標に危険性が現れる前には,必ず生理的な指標にその徴候が現れますから,生理的な指標である脳波を調べれば事前に危険性の予測ができるという理屈です。ただ行動的な危険性は,すでに危険が行動上に現れている段階ですから,実感として理解しやすい特徴があります。ふだん私たちは,「あの人,脳波がアルファ波からシータ波に変わったようだから,眠り始めたみたい」とはいいませんが,「あの人,こっくり,こっくりしているから,眠っているみたいよ」というように,行動は他人が見ても明らかに覚醒度が落ちた状態であることがわかるからです。そこでドーソン教授らはトラッキング作業という行動的な指標を用いたわけです。

夜勤は酒気帯び運転より危険な水準

 さて,図1を見てください。左のメモリは,トラッキング作業の成績です。午前9時の成績を100%とした時の変化として示しています。午前9時から起き続けていると,昼間や夕方の時刻帯は成績がよく,夜間は成績が悪いという綺麗な概日がいじつリズムを示します。右のメモリは,トラッキング作業の成績に対応した血中アルコール濃度です。

図1 連続トラッキング作業の成績と血中アルコール濃度
Dawsonら,1997を改変

 前述したように,ドーソン教授はオーストラリア人なので,オーストラリア人の酒気帯び運転の血中アルコール濃度基準である0.05%を問題としています。するとほとんどの夜間時刻帯のトラッキング作業の成績は,酒気帯び運転と同じかそれ以上に悪い水準ではありませんか。またわが国の酒気帯び運転のアルコール濃度基準は,呼気中0.15mg/Lですから,それを血中アルコール濃度に換算すると,オーストラリア人より厳しい0.03%になるわけです。この0.03%とは,具体的にはビールの中瓶1本を飲んだ時の酩酊度です。

 したがってみなさんは,そのような安全に問題がある状態で夜勤をやっていることになるんです。ちょっとビックリでしょう。この結果を知ってしまいますと,酒気帯び運転が違法で,夜勤は違法でないというのは,ちょっと理解に苦しむところですね。

夜勤慣れと安全性の低下

“みかけ上の慣れ”は生じるけれど…

 「でも,夜勤を続けていると慣れてくるんじゃない?」と強烈なジャブを打ってくる疑い深い人もいるかと思います。そんな疑問に答えてくれるのがドーソン教授の共同研究者であるラモンド博士です。ラモンド博士はアルコール中毒法で連続夜勤を想定して7日間連続の昼夜逆転実験を行ないました4。その結果,4日目を除いてオーストラリア人のアルコール濃度基準である0.05%に達したと報告しています。

 なぜ4日目は0.05%に達していないかというと,夜勤を連続的に行なうと,夜勤に対するみかけ上の慣れが生じるからです。したがって見方によっては夜勤1日目から夜勤4日目にかけて,だんだん夜勤に慣れてきているようにも見えます。しかし5日目には0.05%を大きく超えているのです。

 また,この実験では,夜勤生活からもとの日勤生活に戻した状態を調べてはいませんが,ふつうの社会生活を送っている人ならば,日勤に戻るとすぐに昼業夜眠型の日勤のリズムに戻ってしまうことがわかっています5。したがって,これらのことからも明らかに夜勤慣れが見かけ上のものだといえます。

 また,この研究からは,第1日目の値が異常に高いことが示されました。これは昼夜逆転した最初の日は,起き続けている時間がふだんよりも長くなるからです。というのも夜勤者の労働と生活のパターンが常日勤者とは異なるためです。しかも意外なことに,夜勤者の間でもこのことについて気がついていないことが多いのです。それを米国のテパス教授が表1のように示しました6。つまり,常日勤者は夜間睡眠が終わった段階で勤務(日勤)になりますので,勤務までの時間が短いわけです。

表1 常日勤者と夜勤者の生活パターン
常日勤者
   夜間睡眠―労働―自由時間
夜勤者
   夜間睡眠―自由時間―労働
Tepasら,1993を作表

 一方,夜勤者は夜間睡眠と勤務(夜勤)の前に自由時間があるので,起き続けている時間が長くなるわけです。おまけに夜間睡眠と夜勤の間の自由時間に知らず知らずのうちに疲労の進展もなされます。また夜勤1日目なので心身に見かけ上の夜勤慣れが生じないという理由からももっとも安全性が低くなるわけです。

勤務後に現れる夜勤の安全性

 最近,夜勤の安全性といった場合,夜勤中はもちろん,夜勤後の安全性をも見据えた研究が目立つようになりました。その理由は,2つあります。

 1つは,諸外国では通勤に公共交通機関ではなく自家用車を使う人が多いからです。わが国でも都心の病院に通勤している看護師は公共交通機関を使っていますが,地方の看護師では自動車通勤が多い印象を受けます。筆者は,そのような看護師から「赤信号で停車しているときに眠ってしまって,後ろの車のクラクションでハッとして起きた」とか「居眠り運転で事故を起こしたと思って,ハッとして起きたら,しっかり,あぜ道に停車していた」といった話を何度も聞いたことがあります。

 もう1つは,夜勤はいくら覚醒度が落ちて眠たい勤務だといっても,看護師は「間違いをおかさないように」「事故を起こさないように」と思っていて,常に緊張状態に置かれています。そのような状態で,たとえば夜勤の安全性を調べても,本当の安全状態は,うまく調べられないのです。そこで,夜勤後の覚醒状態を測定して,夜勤の安全性を評価しようという動きが出てきたのです。

夜勤の安全性は1人で守られているのではない

 さらには,最近,夜勤の安全性を考える上でとても興味深いことが報告されました。オーストラリアのドリアン博士が長時間夜勤を行なっている看護師の安全性を研究したなかでこんなことを述べています。「長時間夜勤には,看護師個人による安全性が低下してエラーを増やすだけでなく,エラーを起こした同僚を同じ職場の看護師が発見できなくなる問題がある」と7。なるほど,職場の安全性は個人の努力だけではなく,意識はされていなくとも仲間とともに守られているということです。

 図2は,3交代勤務看護師のエラー,ニアミス,他人のエラーへの気づきの頻度を調べたドリアン博士の研究結果です8。たしかに日勤,準夜勤,深夜勤のエラーやニアミスは,あまり変わりませんが,他人のエラーへの気づきは,深夜勤でかなり減っていることがわかりますね。8時間夜勤でもそうなのですから,長時間夜勤である16時間夜勤は推して知るべしといえるでしょう。(2011年執筆)

図2 8時間3交代勤務看護師のニアミス,エラー,他人のエラーへの気づき
(Dawsonら,2008を改変)
  1. Torsvall, L, Åkerstedt, T, Gillander, K, Knutsson, A.24h recordings of sleep/wakefulness in shift work. In: Night and shift work:Longterm effects and their prevention, Haider M, Koller M, Cervinka R. eds., 1986:37-41. Verlag Peter Lang, Frankfurt am Main. 註:本書は1985年にオーストリアで開かれた第7回国際夜勤交代勤務シンポジウムの論文集です. ↩︎
  2. Dawson D, Reid K. Fatigue, alcohol and performance impairment. Nature. 1997 17;388(6639):235.   註:夜勤の疲労を扱った論文は,その性質上,ネーチャー(Nature)やサイエンス(Science)という超一流の自然科学誌に掲載されることは稀れです.しかし本論文はネーチャー(Nature)に掲載されるほど,自然科学的にも高く評価された業績といえるわけです. ↩︎
  3. Åkerstedt T, Torsvall L, Gillberg M. Shift work and napping. In:Sleep and alertness, chronobiological, behavioral, and medical aspects of napping. Dinges DF, Broughton RJ eds., Raven Press, New York, 1989:205-20. 註:筆頭著者のオッケルシュタッド(Åkerstedt)教授は元欧州睡眠学会の会長で,夜勤交代勤務と睡眠に関する研究の第一人者です. ↩︎
  4. Lamond N, Dorrian J, Burgess H, Holmes A, Roach G, McCulloch K, Fletcher A, Dawson D. Adaptation of performance during a week of simulated night work. Ergonomics. 2004 5;47(2):154-65. 註:本論文は2003年にブラジルで開催された第16回国際夜勤交代勤務シンポジウムで発表された査読付論文の1編です. ↩︎
  5. Knauth P, Rutenfranz J, Herrmann G, Poeppl SJ. Re-entrainment of body temperature in experimental shift-work studies. Ergonomics. 1978;21(10):775-83. 註:筆頭著者のクナウト(Knauth)教授は,第二著者のルーテンフランツ(Rutenfranz)教授が1990年に亡くなってから,ドイツの夜勤交代勤務研究を牽引しています.彼は以前には,本論文のように夜勤の適応に関する研究を行なっていましたが,最近は主に交代勤務制度の研究を行なっています.彼を大会長として1999年に第14回国際夜勤交代勤務シンポジウムが開催されました. ↩︎
  6. Tepas DI, Duchon JC, Gersten AH. Shiftwork and the older worker. Exp Aging Res. 1993;19(4):295-320. 註:筆頭著者のテパス(Tepas)教授は,アメリカを代表する夜勤交代勤務研究者です.彼を大会長として1995年に第12回国際夜勤交代勤務シンポジウムが開催されました. ↩︎
  7. Dorrian J, Lamond N, van den Heuvel C, Pincombe J, Rogers AE, Dawson D. A pilot study of the safety implications of Australian nurses’ sleep and work hours. Chronobiol Int. 2006;23(6):1149-63. 註:本論文は2005年にオランダで開催された第17回国際夜勤交代勤務シンポジウムで発表された査読付論文の1編です.driving home from the night shift:a driving simulator study. J Sleep Res. 2005;14 (1):17-20. ↩︎
  8. Dorrian J, Tolley C, Lamond N, van den Heuvel C, Pincombe J, Rogers AE, Drew D. Sleep and errors in a group of Australian hospital nurses at work and during the commute. Appl Ergon. 2008;39(5):605-13. 註:本論文は2007年にオーストラリアで開催された第18回国際夜勤交代勤務シンポジウムで発表された査読付論文の1編です. ↩︎