第2回: 身体の痛みとこころの痛みをとる方法:ゲートコントロール理論

1  痛みの神経機構

 内臓や筋肉など身体内部の痛みと皮膚の痛みでは,そのメカニズムが異なる。ここでは「皮膚の痛み」に焦点を当てて,痛みをとる方法について考える。

 痛点の分布密度をみると,皮膚の痛みは,内臓や筋肉よりもはるかに鋭い。皮膚の痛みは,侵害刺激と熱(冷)刺激によってのみ起こる。これらの強い刺激を皮膚が受けるとまず,痛みを起こす化学的物質(発痛物質)がつくられる。発痛物質にはブラジキニン,カリジン,ヒスタミン,アセチルコリン,プロスタグランジンなどさまざまなものがあり,これらの物質が皮膚や粘膜の神経線維(C線維の末端部分)を刺激する。その刺激は脊髄に入り上行し,脊髄視床路を通って脳へ到達する。

 このとき,脳に通じる神経線維の太さが2種類あるため,痛みも2種類(ファースペインとセカンドペイン)存在することになる。まずファーストペインは,たとえば脛を打った瞬間に届く衝撃のような種類の痛みで,太い線維(Aδ線維)を伝っていち早く脳の大脳皮質へ届き,痛みのある部位を正確に判断する役割をもっている。こちらは回避行動を起こすのに役立っている図2の新脊髄視床路)。この痛みは必ずしも不快な情動を伴わないのが特徴である。不快が伴うのはむしろ,セカンドペインのほうである。この痛みは細い線維(C線維)を伝ってゆっくりとしたスピードで皮膚から脊髄を通り,脳の視床や大脳辺縁系に届き不快や苦痛の情動を生じさせる図2の旧脊髄視床路)。この痛みは,二度と同じ状況に近づかないように,痛みを起こした状況を記憶に焼きつける役割を果たしている。

図2

 脳では第1次体性感覚野,第2次体性感覚野,島,視床など多くの部位が活性化する。そこで,過去の痛みの記憶や周りの人の反応を参照して,痛みがどの程度のものかを判断し,痛みの感じ方に影響を及ぼす。さらには恐怖や不安の情動を引き起こしたり,発汗や動悸といった身体症状を引き起こす。

 痛みは私たちの日常生活のQOLを妨げる害悪のように思われるかもしれないが,必ずしもそうではない。痛みは「警告信号である」といわれるように,私たちの身に危険が迫っていることを知らせてくれる,重要なサインとしての側面をもっている。しかし,人間に備わっている痛みのシステムは,警告信号としては精巧なものではなく,むしろ貧弱なシステムであるといわざるを得ないケースも少なくない。たとえば,痛みの程度と危険度とは必ずしも比例しない。指先のわずかな切り傷やささくれ,口内炎など,ほとんど身に危険はないのに,痛みに悩まされることもあるだろう。これは痛みを感じる点(痛点)が,指先や口腔内には非常に密に集まっているからである。

2 痛みを取り除くゲートコントロール理論

 痛みは麻酔やモルヒネを使えば取り除くことができるが,最も簡単な方法は,何よりも触れることである。痛みの信号は末梢神経から脊髄後角を通って脊髄に入り,脳へ伝わっていく。メルザック(Ronalnd Melzack)とウォール(Patric D.Wall)の「ゲートコントロール理論」(1965)3)(以下,GC理論)は,この脊髄後角に痛みの信号の流入をコントロールするゲート(門)があるとする説である。前述のように,末梢の皮膚で受けた情報は,太い線維と細い線維を伝って脊髄に入っていく。太い線維を伝わる信号は,いち早く脳へ到達する。そこで痛みを感じると,今度は中脳の中心灰白質へ神経伝達し,そこから脊髄後角のT細胞へ下降していき(下降抑制系),細い線維が入力するゲートを閉じる。T細胞とは,脊髄後角で痛覚のきっかけをつくる細胞である。すると痛みの感覚は脊髄へ入りにくくなるわけである図3

図3

 たとえば,けがをしたり何かにぶつけたりしたとき,思わずその部位に手を当ててなでたりさすったりするだろう。これはGC理論にかなったやり方であるといえる。けがをした部位をなでたりさすったりして触覚刺激を与えることでゲートを閉めて,痛みの感覚をブロックしているのである。新生児への手術後に,痛みのある部位にどのように触れると泣き止むか,について検討した実験では,痛む周辺の部位をいろいろな方向から軽くさするように触れるのが最も効果的であるとされている。皮膚の触覚を伝える太い線維を最も刺激するからだろう。

3 皮膚の痛みとこころの痛み

 「痛み」という言葉は,身体に対するものと同じように,「こころが痛む」といったり「こころが傷つく」といったりする。こころの痛みと身体の痛みは,どのような違いがあるのだろうか。
 米国の生理学者,アイゼンバーガー(Naomi I.Eisenberger)たちは,次のような実験を行なった4)

 大学生にコンピュータゲームをやってもらい,その間の脳の活動をf MRIで追跡した。実験では,最初はコンピュータ上の仲間たちが自分のプレーに協力してくれるが,途中からは,いきなり何の説明もなく自分を無視するように振る舞うようになるのだ。こうして被験者は仲間はずれにされた疎外感を味わう。このとき被験者の脳の前帯状回の背中側と島の活動が高まることがわかった。特に仲間に無視されることにいたたまれない苦痛を感じた被験者は,それらの部位の活動が最も高まったということだ。

 これらの反応は,身体の痛みに反応するのと同じパターンだった。このことから,私たちは心理的な痛みを身体的な痛みと同じように感じているということができる。その痛みの程度は,失恋では骨折,友人からの仲間はずれやデートでの待ちぼうけでは,足をナイフで刺されるのと同じレベルの痛みだと考えられている。

 こころの痛みには,不安や恐怖,悲しみなどの感情が伴う。このとき,その人の皮膚をなでたり抱きしめたりすることで,不安などの感情が和らぎ安心するだろう。実際,皮膚にはスキンシップのような柔らかい刺激にだけ反応する線維があることもわかっている5)。安心といった心理状態も,ゲートを閉めるのに一役かっている。

 人は身体の痛みには,「手当て」,すなわち手で「なで」「さする」ことでそれを鎮めているのと同じように,心の痛みにも,身体に「触れ」「抱きしめる」スキンシップが癒やしの効果をもっているともいえる。もともと人は,身体的にも心理的にも痛みや苦痛があると,それを他者に触れてもらうことで癒やしてもらうように,進化してきたともいえるかもしれない。

〔引用・参考文献〕
3)Melzak,R.& Wall,P.D.:The challenge of pain.Hamonds worth:Penguin Book,1982.中村嘉男(監訳):痛みへの挑戦,誠信書房,1986.
4)Eisenberger,N.I.et al.:“Do serejection hurt? An f MRI study of social exclusion.”Science,302,290-293,2003.

5) Vallbo, A.B., et al.:unmyelinated afferents constitute a second system coding tactile stimuli of the human hairy skin,Journal of Neurophysiology,81, 2753–2763,1999.