第4回: セラピューティックタッチの科学

1 セラピューティックタッチとは

 手かざしというと「気」を思い浮かべる人は多い。「気」とは何かということについては,多くの研究者がその正体を突き止めようと研究しているが,はっきりとしたことはわかっていない。しかし日本語では「気」は,元気,病気,気持ちなど幅広い意味で使われているため,とても身近なものとしてとらえられている。インドの瞑想法にも,似たような考え方がある。「気」に対応するのが「プラーナ」,「経穴(ツボ)」に対応するのが「チャクラ」である。

 このインドの瞑想法を出発点とし,看護師として働いたこともある,ニューヨーク大学のクリーガー(D. Krieger)は1973年,セラピューティックタッチ(therapeutic touch:TT)の技法を体系化して発表した。TTの定義は,「ある個人から他の1人の人へエネルギーが移されるプロセスであり,それは障害や病気をもった人の癒やしのプロセスを強めるためになされる行為である」とされている。TTは,欧米では不安や混乱などに対する看護独自の介入法の1つとしてリストアップされており,看護臨床に使われている。そして米国では看護師の15%が,看護介入の一技法として用いており,大学のプログラムにも組み込まれている。わが国では,1980年代から紹介されるようになり,1992年には京都でイーガン(Egan)によって,1999年には東京でクリーガーによって紹介された。ただ,わが国での基礎的な研究はほとんど行なわれておらず,これからの研究が期待される。

2 セラピューティックタッチの手順

 TTの手順は,大きく4つの過程から成り立つ。

(1)センタリング(centering:精神の集中)

 目を閉じて楽な姿勢で椅子に座り,身体の緊張している部位を探ってそこを緩める。たとえば首や肩に緊張があれば,一度両肩に力を入れて強く緊張させ,吐く息と一緒に肩を下げて緩める。ゆっくりと息を吸って,その2倍ほどの時間をかけて長くゆっくりと吐く。こうして呼吸に意識を集中していく。

(2)アセスメント(assessment:場の評価)

 センタリングを身につけると,他者のエネルギーの場を感じることができるようになる。患者の正面に立ち,両手を患者の頭部から5cmほど離してかざしながら,中心部から左右対称に手を動かしてエネルギーを感じてみる。手に感じるわずかな温度差にも注意を払い続ける。「何か感じたか?」と自問しながら,頭頂部からつま先まで,ゆっくりと手を動かしながらアセスメントする。熱感,冷感,圧迫感などが,左右の片側だけに存在する部位をみつける。次に,患者の背面も同じようにアセスメントしていく参照)

図 身体背面のアセスメント

(3)場の沈静化(unruffling the field)

 問題のある場はエネルギーがうっ滞した感覚があるため,エネルギーを注入しやすいようにそれを伸ばして滑らかにする。アセスメントによって圧や温度の変化を感じた部位の皮膚の5cmほど上に手をかざして,手のひらでその部位を上から下へとなでるようにする。その後再評価を行なって,バランスが戻ったか確かめる。

(4)エネルギーの移動(transferring energy)

 自分のエネルギーを相手に流すことを指す。アセスメントに従って,エネルギーを流す部位を決める。これには施術者が患者を助けたいという純粋な意図が必要である。痛みを訴えている患者には,痛みのある部位に直接注入する。腕にエネルギーを流したいときには,患者の肩と肘に手をかざして,肩から肘にエネルギーを流す。

 TTは大きくこれら4つの過程から成っているが,特に重要なのは,センタリングである。クリーガーがTTを「癒やしの瞑想」と呼んだことからもわかるように,センタリングの過程ができていないと,他の3つの過程は無意味になってしまうのである。

3 TTの効果と検証

 次にTTに関して行なわれた研究を紹介する。

 まず,TTの効果を検証するため,実験群とコントロール群の2群を設け,実験群ではTTを施す。それに対するコントロール群ではセンタリングやアセスメントを行なわずに,頭のなかで数を逆唱しながら手の動きだけTTと同じようにする。このとき,被験者はTTの施術者には背中を向けていたので,どちらを受けていたかは知らされていない。2群を比較すると,TTを受けた者だけ不安が低下することがわかった。TTを行なう際の「精神の集中」が必要不可欠であるといえるだろう。施術者の「思い」が手などの身体を伝わって被験者に届いているのかもしれない。

 次に,TTを行なうと,皮膚接触を行なう場合と同様に,不安の低下が認められたとする研究がある。皮膚接触の有無にかかわらず不安が低下したことは,患者が看護師からの思いを感じ取り,それによって不安が低下したとか,クリーガーがいうようにエネルギーの移動によって不安が低下したのだと考えることができる。

 さらに,がんやリウマチの関節痛の患者の痛みが軽減する効果も認められている。痛みのある部位に実際に触れれば,それは「ゲートコントロール理論」によって説明できる。しかし手をかざすだけで効果があるのは,なぜだろうか。TTによって,身体の鎮痛効果をもつエンドルフィンなどが分泌されているのかもしれないが,詳細な検討はこれからだろう。

 さらに生理的効果としては,TTによって血液中のヘモグロビンの増加や,免疫力の高まり,外傷の治癒が早まるといった効果が確認されている。

4 最後に

 TTは,ロジャーズ(Martha E. Rogers)によって構築された一体的人間存在(unitary human being)の科学を理論的な基礎としている。つまり,人間と環境はエネルギーの場そのもので,互いに統合された総合的過程にあるというものである。人間を素粒子レベルでとらえる波動医学という分野があるが,生命活動も粒子の波動,つまりエネルギーの流れとしてとらえるわけである。人間は健康なときはエネルギーが十分に満たされ,その流れは整っているが,病気になったときにはエネルギーが不十分だったり,アンバランスになる。TTの提唱者クリーガーも,インドの瞑想法の考えを基礎として,中でも生命エネルギーの身体への出入り口といわれるチャクラに注目して,人間同士が相互に干渉し合うエネルギーパターンの場を通して働きかけ,病気を癒し,意識の変革をもたらすことができる,としている。そこで,治療の場に欠かせないのが,施術者の意思・動機・自己のエネルギーのコントロールだといえる。「相手を癒やそう」という強い思いが,エネルギーの流れに影響し,流れの変調を整える力になるのである。

 しかしながらこのような考え方すべてが,科学者にとって受け入れられているわけではないのも事実である。たとえば,クリーガー自身,TTの初期の頃は実際に患者の身体に触れて行なっていたこともあり,手が身体に触れてもエネルギー交換が行なわれていたと考えられる。逆にいえば,手を使わなくてもエネルギー交換が行なわれている可能性も指摘できる。

 たとえば,エネルギーとよく似た東洋の「気」の実験によれば,「気」はこころや意思によって影響されることがわかっているからである。

 そもそもTTで強調されるエネルギーとはいったい何なのだろうか。そのことを深く追及した研究者もいないので,よくわからないのが実情である。ただし類似の概念を,東洋では「気」と呼び,フロイトは「リビドー」と呼び,催眠療法のメスメル(Franz Anton Mesmer)は「動物磁気」と呼んだように,世界各地にそのような概念があり,病気の発生や治癒をそれらによって説明してきたのも事実である。また宗教的な行為としても,聖書のなかには,主イエスが「手かざし」によって病気を癒やしたという場面の記述が多く描かれている。だから現在の科学では,それらのものが明らかにできないからといって,頭から否定したり過度に懐疑的になるのはよくないだろう。世のなかには,現在の科学では説明できないもののほうが,はるかに多いのだ。TTの治療メカニズムについて明らかにされるのを,長い目で心待ちにしたいものである。