第3回: 高齢者との身体接触

1 高齢者への身体接触の効果

 高齢者への認知症の周辺症状のケアとして,タクティールケアが有名であるが,ここではそれ以外のケアに関する研究について述べたい。

 筆者は人生の各段階におけるスキンシップの必要量について調べ,それを模式的に図に示した図1。それによると,幼少期は親子のスキンシップが必要であることはいうまでもないが,高齢者も同じようにスキンシップを必要としているといえる6)。これら2つの時期には共通点がある。それは人とのスキンシップを通じて,自己の尊厳である自尊感情を肌で確信することができ,人や社会と接している実感をもつことができ,孤独感や不安が癒やされる点である。また心身の不調を訴えやすい時期であるため,スキンシップやマッサージを通じて,その機能を改善することも重要なことである。

図1 各ライフステージの段階におけるスキンシップ必要量

 たとえば,老人ホームの認知症の患者に,ラベンダーなどの香料を入れたアロマオイルを使い,1日に5回アロママッサージを施したところ,認知症の症状が軽減し,認知機能にも改善がみられたという。このとき,芳香性のエッセンシャルオイルでマッサージすると,無香料のクリームでマッサージするよりも,改善の度合いが大きかったという。高齢者にとって,優しく心地よいスキンシップが必要なことはいうまでもないが,同時にアロマなどによる嗅覚への刺激も有効である。これらの原始的な感覚を刺激することによって,動物としての本能である生きることへの意欲が湧き,心身の機能も亢進するのだろう。「皮膚は露出した脳」といわれるように,皮膚への心地よい刺激は,脳に直接届き刺激している。

 また米国の施設では,70歳以上の患者42人を2つのグループに分け,一方は頻繁になでたりハグしたり手をもんだりするグループ,もう一方は特に身体接触はしないグループとした。すると前者では認知症の症状はほとんど出ず,より注意深く,ユーモアがあり,身体的にもより生気あふれていることがわかった7)

 しかし実際には,多忙な看護師が1人ひとりに頻繁に触れることは,容易ではないのも事実である。そこで患者同士をペアにして,お互いにマッサージするようにした研究もある。するとマッサージを「する側」にも「される側」にも同等の満足感が得られることもわかった。「触れる」ことは同時に相手に「触れられる」ことでもあり,両者に効果があるわけである。

2 高齢者への化粧

 筆者は身体接触の応用として,高齢者の女性に化粧を施すことの効果について検討した。

 まず63歳から93歳までの女性4名を,2人ずつ2つのグループに分けた。一方のグループは週に1度の割合で,女子大学生が化粧を施す化粧群とし,もう一方は同じ頻度で彼女たちと会話だけをする会話群として,それぞれ自尊心や気分の変化(積極的な気分になった,など)を測定した。すると化粧群は,自尊心や積極性が高まり,人に会いたくなる,といった効果がみられた。また,自分で化粧をするよりも,人にしてもらうほうがこれらの効果が高いこともわかった。顔への関心は,思春期に最も高まり加齢に伴い低下していく。高齢の女性に化粧を施すことは,化粧で美しくときめいた若い頃の感覚を思い起こさせるのだろう。また人にやってもらうことで,そこにコミュニケーションが生まれ,さらに脳が活性化されるのだろう。

 皮膚感覚というのは,自分で自分を刺激する場合と,人に刺激してもらうのとでは,物理的な刺激は同じであっても,その感じ方は大きく異なる。快感でも,人に触れられることで生じる快感と,自分で自分に触れる快感とでは,大きく異なっている。コミュニケーションとして人に触れられることにこそ,その真髄があるといえるだろう。

3 ペットと触れ合う効果

 米国では一人暮らしの高齢者が,全老年人口の75%にも達するという。ある調査によると,イヌを伴う訪問活動が行なわれている2つの特別養護老人ホームに入所している人たちを観察すると,8割以上の高齢者は,訪問中は平均して1人15~25回もイヌに触れたり体毛をとかしたりしていたという。ただし厳密にいえば,イヌに触れる効果と話しかける効果などが混在している。そこで,それらの効果を分けて検討した研究を行なったところ,イヌに触れるだけのほうが,話かけるよりも血圧を有意に低下させることがわかった6)。ただしこの研究は,リラックスの効果について検討しているため,ただ触れることに最も効果があったと報告されているのだが,逆に高齢者に刺激を与えて活性化させたい場合は当てはまらないかもしれない。また,すべての高齢者にとってペットが有効だったわけではなく,一度も動物を飼ったことがない人が高齢になってからはじめて動物と接するのは,負担が重すぎるため,注意が必要でもある。

 このような観点から,生きたイヌではなく,ロボットと触れ合う効果に関する研究も行なわれている。たとえば,触れ合う喜びやリラックスなどのメンタルな効果を生む目的でつくられた「パロ」〔(株)知能システム〕というロボットがある写真参照)。「パロ」は視覚,聴覚,触覚などがあり,触れ合う人や環境の状況を感じる。また挨拶やほめられる言葉などを理解したり,なでられたり,たたかれたり,抱っこされたりすることを感じる。認知症の高齢者がいる施設で,パロに触れる効果を検討した実験によると,多くの患者で認知症の症状がよくなったことや,特に症状の軽い患者では問題行動が改善されるという効果がみられた。複数の患者に集まってもらいパロの効果を検討すると,直接パロとかかわる効果だけでなく,パロを通じて患者同士の相互作用が増える効果があることもわかった。ただし,症状の重い患者には,あまり効果はみられなかった。それは,パロが動いたり鳴いたりする刺激が強すぎたのかもしれない。

写真 パロ

 パロは生きているイヌと異なり,叩いても噛みつかれる心配もなく,機嫌が悪くて逃げてしまうこともない。そこで軽い認知症の患者の場合には,いつでも安定したコミュニケーションのとれるパロのようなロボットがよいようである。また運動機能や視覚や聴覚の衰え,あるいは認知症によって言語による認識が困難になった高齢者にとって,接触は有望なチャンネルである。高齢者がパロに触れる触れ方を経時的に観察した研究によると,パロを導入した当初は多様な触れ方が現れるが,次第に安定した個々人にとって独自のパターンに落ち着くことがわかっている。そこで,パロのようなロボットであれば,たとえそれが何であるか,どんな反応をするかわからなくても,納得いくまで接触することができる。このように時間をかけて安定した接触が可能になれば,高齢者の生活を現実と結びつけ,豊かにする可能性があるのではないだろうか。

4 ケア場面での身体接触

 実際に看護師が高齢者に触れるのはどのような場面であるかを検討した研究がある8)。研究では,高齢者18名と看護師9名の相互作用場面が分析された。身体接触が起こるのは,

 ①生活援助に伴うタッチ(検温や処置など日常生活の援助)
 ②感情を伝えるタッチ(いたわりやねぎらい,いとおしさなどを伝える)
 ③反応を引き出すタッチ(関心を引いたり援助を試みるなど)
 ④抑えるタッチ(行動を抑えたり発言をさえぎる)
 ⑤援助を円滑にすすめるためのタッチ(かかわりを成立,維持,終了することに伴うタッチ)

であった。

 これら身体接触が特に有効に働いたのは,自発性が低い高齢者や表現能力が障害された者,論理的なやり取りが成立しにくい者に対してであり,効果的な援助技術となることがわかった。また,高齢者の能力を生かすような身体接触とそうでないものとが観察されたが,その違いは高齢者の反応をとらえた上で身体接触が行なわれたか否かによることもわかった。つまり,看護師が一方的に身体接触すればよいというものではなく,必ず相手の反応をとらえた上でタイミングを見計らって身体接触することで,効果的な作用を引き出すことができることがわかる。

 次に高齢者は看護師の身体接触に対してどのように反応しているのか,について調べた研究がある9)。4名の認知症患者に対する看護師の身体接触について観察した結果,身体接触をするのはほとんどが,日常生活の何らかの動作を促す場面であった。それに対する認知症患者の反応は以下の4種類に分類された。

 ①促された行動に対応した動き(食事や着替えなどの場面での身体接触で,自ら行動を起こした)
 ②促された行動に対する拒否・抵抗(促された行動に対して,拒否や抵抗を示した)
 ③促された行動に対して意味の解釈が困難な言動(促された行動に対して,記憶や見当識の障害により意味不明の言動をした)
 ④促された行動に対する感情の表現(促された行動に対して,喜びの表情をした)

 これらのなかで,①は認知症高齢者の残された機能に働きかけることによって行動が促されたもの,④は感情が平板化する傾向がある認知症高齢者の健康な部分が発揮されたものであり,身体接触が効果的に機能していることがわかる。ただし,②のように身体接触が否定的に作用する可能性もあり,その場合は高齢者にとって不安や混乱を招き,ストレスを与えかねない。そのような場合は,なぜそのような行動をするのかを考えながら,タイミングを見計らい,高齢者のペースで誘導したり表現の仕方を変えて納得できるように援助方法を変えることで,1 人ひとりに合った援助ができるものと考えられる。

 以上述べてきたように,高齢者へのマッサージや化粧,動物との触れ合いといった,ある意味で高齢者が望む身体接触は,その心身に及ぼす効果が期待される。それに対して,高齢者への日常的な介護のように,必ずしも期待されないが,行なわざるを得ない身体接触もある。その場合,触れる側の看護師にとって気をつけなければならない点がある。それは患者や看護師の性によって,心理的な抵抗感や嫌悪感が異なるからである。この点を明らかにした研究8)では,介護老人保健施設の利用者(男性・女性)とケア職員(男性・女性)の性の組み合わせによって生じる嫌悪感や性の選好について調べられた。その結果,身体接触の好悪を決めるのは,ケアの受け手と担い手の双方において,女性では身体接触にかかわる快・不快という感覚や感情が,男性ではケアをめぐる立場や社会的評価が重要な意味をもつことがわかった。

 一般に男性利用者は,他人のケアを受けなければならない自分の立場をマイナスポイントととらえるため,男性職員には率直な感情を伝えられないことがある。そのため,その立場性を感じないように,男性よりも低い立場に位置づけることができる女性ケア職員との相互作用を選好する傾向がある。また男性は愛情の対象でない女性に触れられることにも抵抗を感じにくいという側面もある。そのため若い女性看護師に対しては,接触をもつこと自体に性的な価値を見出すことが,男性利用者が女性ケア職員をより選好する要因だともいわれている。女性利用者は同性であるがゆえに,男性利用者は異性であるがゆえに女性ケア職員からのケアを望むというわけだ。したがって,女性看護師が男性利用者をケアする場合には,性愛的な要素を感じさせないように振る舞うことができるベテランの看護師に委ねることも大切である。たとえば「さっさと済ませてしまいましょうね」というような,お互いに嫌なことなのだと形式的に意思を示してから行なう,などの工夫が有効なようである。

[文献]
6) 山口創:愛撫・人の心に触れる力,NHK 出版,2003.
7) Fields, T.:Touch. Bradford Books, 2001.
8) 浅井さおり他:介護老人保健施設での看護場面におけるタッチの特徴,老年看護学,7:70?78,2002.。
9) 江口保子・西片久美子:援助者のタッチによる痴呆性高齢者の反応,日本赤十字看護学会誌,5:117-123,2005.

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