小児訪問看護師の現場の声

 先日,2022年上半期の出生数が初めて40万人を切ったという報道がありましたが,この少子化の波とは反対に,障がい児数は増加傾向にあります。特に人工呼吸器管理や喀痰吸引,経管栄養などの医療行為を日常的に必要とする“医療的ケア児”の数は,全国で2万人を超え,10年前から約2倍になりました。昨年には医療的ケア児支援法が施行され,さらに注目が集まっている小児在宅分野の中で,子どもを対象とした訪問看護(以下,小児訪問看護)の利用者数も増え続けています。

 2020年4月から看護教員となり,学生と同じく“コロナ世代”として未だ右も左もわからない状態の私ですが,小児訪問看護を実践しているさまざまな事業所の看護師さんとお話しすることが至福の時間となっています。今回は第一線で活躍されている看護師さんから「鈴木くん! これをぜひ訴えてほしい!」と厳命を受けていた事柄を,私感とともに紹介させていただきます。

医療的ケアの有無が生み出すサービス格差

 多種多様な疾患や障害によって,訪問看護を利用する子どもたちの状態はさまざまです。中には普段は元気なものの,いつ重篤なてんかん発作が起こるかわからないお子さんなど,先述した“医療的ケア児”や,診療報酬加算の基準に用いられている“超重症児”に判定されない子たちも数多く自宅で生活しています。この子たちには,時に“医療的ケア児”や“超重症児”と同等またはそれ以上の支援が必要になりますが,“超重症児”の判定基準を満たさないために長時間訪問看護加算(90分を超える訪問看護)や複数名訪問看護加算(同時に複数の看護師等による訪問看護)が適応されない場合があります。看護師は溜息まじりに「この子たちにとって欠かすことのできない支援ではある。算定できない分の負担は家族か事業所が持ち出すしかない」と漏らし,親御さんは「おかしいことはわかっているのですが,夫婦で『うちの子も医療的ケアがあれば……』と話すことがありました」と首を傾げます。

 その子自身の成長・発達に加えて,身体障害,知的障害,発達障害,医療的ケアの有無などが複雑に絡み合う障がい児の臨床像。訪問看護師が子どもたちに適切なケアを講ずることで,医療的ケアや障害の程度を軽減できる可能性も大いにあり,実際に主治医も予期せぬ病態の改善を目の当たりにすることも少なくありません。近年は改定を重ねる度に充実を見せる小児訪問看護に関連した診療報酬ですが,今以上に適切かつ公正にサービスを受給できる判定基準や,“どれだけ症状の重い子どもを訪問したのか”だけでなく“どれだけ子どもの状態や生活を改善できたのか”を評価できる報酬体制を,今後も模索し続ける必要があります。

障害福祉分野での活躍に立ちはだかる壁

 障がい児対象の通所サービスである児童発達支援(イメージは保育所)と放課後等デイサービス(同,学童保育)の役割は,子ども同士や支援者とのかかわりから子どもの秘める能力を最大限に伸ばすことと,子どもにとっての自宅以外の居場所づくりにあります。発達障害や知的障害のある子どもたちを対象とした両施設は急激に増加している一方で,医療的ケア児や超重症児に対応した“医療型”の施設数は看護師不足などの背景から不足しています。この現状を打開すべく,最近では小児訪問看護を実施してきた看護師たちが,訪問看護事業所と併せてこれらの施設を開設する流れが目立ってきています。「子どもたちの居場所がないのなら,私たちがつくる!」と語る彼らの中には,児童福祉職の資格を取得して施設管理者として活躍する看護師もいます。

 看護師が障害福祉の分野でも活躍している状況を呑気に感心しているのは私だけで,看護師たちの視線は,すでにその先にあります。高校卒業後,成人期を迎えた医療的ケア児(者)・超重症児(者)たちの自宅以外の居場所は小児期よりもさらに乏しく,卒業とともに就学先も通所先も失う彼らのQOLは一気に低下してしまいます。

 重症障がい者の通所先として候補に挙がるのが“生活介護”という障害福祉サービスですが,このサービスは受給している親御さんが「我が家は本当に運がよかった」と振り返るほど施設数が限られ,重症障がい者にとって狭き門のサービスとなっています。児童発達支援や放課後等デイサービスと同様に,生活介護施設の開設を思案する看護師たちは多いです。しかし生活介護施設の設置基準が児童発達支援などと比べて約4倍の広さを確保する必要があったり,重症障がい者に対応できる体制を整えた場合の加算が低く定められていたりと,開設するには非常に高い壁が存在します(各自治体によって地域差あり)。訪問看護を通して長く障がい児とかかわってきた看護師たちは,「国や自治体に生活介護施設を増やしてほしいと頼んでいるわけではない。私たちのような企業でも参入しやすい基準にしてほしい」と語気を強めます。

 障がい児者の安全かつ安定的なサービスを担保するために,障害福祉サービス等報酬の厳格な基準は言うまでもなく重要です。しかし,今後も障がい児者数の増加が見込まれる日本において,当事者の強いニーズを肌で感じた看護師たちが生き生きと活躍する土壌を整えることは,小児在宅医療・福祉分野のサービスの質と量の充実のために必要不可欠でしょう。そのために必要なエビデンスの確保のために,ひいては子どもたちやご家族,小児訪問看護師の笑顔のために,私はコロナ禍を超えて奔走し続ける研究者でありたいです。(2022年執筆)